QTRAX騒動と未来妄想 -FREE (DIGITAL) MUSIC KILLED RECORDING STARR-
text:Professor R. 08/2/2
08年1月に沸いた新音楽配信サービス〈QTRAX〉騒動。この数年、多少でもオンガク配信の動向を見守ってきた人ならば、少なからぬ数の人が思っただろう。「ついにここまできたか」と。
「無料(合法)ダウンロード? 言った通りでしょ」
http://jp.techcrunch.com/archives/free-legal-p2p-music-downloads-told-you-so/
簡単にいうとQTRAXがやろうとしていることは、こういうことだ。~2500万~3000万曲が無料でとり放題、メジャーレーベルとの提携も完了しています。収益はサイト全体の広告収入で回収します。ユーザーは無料で好きなだけオンガクを聴いてください~
上
記のニュースには結局オチもある。契約済みだと発表されたメジャーレーベルのうちの数社が後日「提携完了はしていない」とのアナウンスを流したのだ。結
局、このニュースはちょっとした〈カラ騒ぎ〉で終息を迎えそうだが、ひとつ気になったことがある。それは〈最早メジャー所属のアーティストの大部分には、
自身の作品に対する価格決定力などない〉ということだ。
〈昨日まで2500円で売っていたものを0円にします。ただし0円で販売する分、売上は広告費から分配します。〉
売上を分配する‥‥までは、いい。問題はその結果、得をするアーティスト、損をするアーティスト、に分かれることだろう。
こ
こでいう損をするアーティストというのは、諸々の〈馬鹿売れしなかった〉類のアーティストだ。ロングテールのしっぽで静かに吠えるブルースマン、ジャズピ
アニスト、ミドルスクールDJ、ファンクバンドや電子音楽家、カレッジロック・バンド‥‥こういった人々は広告収入の恩恵を受けることはないだろう、スズ
メの涙ほどの振込み通知が届いて落胆するのがオチだ。
ちょっと未来を夢想してみよう。広告モデル主導の音楽配信モデルならこんなことも起きるかもしれない。
〈ダニエル・ジョンストンの“Mountain Dew”はコカ・コーラ社がスポンサードする配信では流せません〉
〈NOFX主導コンピ『ROCK AGAINST BUSH』は、政治色が強いのでスポンサー企業が配信取り下げを求めました〉
〈かつてマイケル・ジャクソンとペプシがやったように、次々とスポンサー企業の商品をテーマにした配信ソングが飛び出します〉
上
記はちょっとした冗談だけれども、つまり、こういうことが言いたいんだ。地上波のテレビ番組みたいなマス音楽しか食えないじゃん、って。パトロンの機
嫌もとれる〈稀代のエンターテイナー〉なら甘んじて受け入れるだろうが、創造性の自由を主張してきた〈アートの狂犬〉たちについては苦い現実だろう。
レ
ディオヘッドが自身のサイトで『In Rainbows』を発売した際、その価格について、彼らは『It' up to
you(あなたのご自由に)』と言った。このスタンスは、見方によっては随分キザだが、いまや彼らの〈自立性〉を誇示するようなメッセージにみえる。いま
のメジャーレーベルの状況は、アーティストに『Up To
You』などと言わせてくれる状況ではとてもない。すべては(契約条文の範囲内で)レーベルという名の企業体の生存をかけた判断のもとに行われる。
作った曲を無料で配布します‥‥ただし同じゼロ円でも、レーベルが価格決定するのと、アーティストが自身で提供するのでは、その意味あいは全く異なるのではないか。
一連の騒動が、もしメジャー所属アーティストのレーベル離れを加速させることになったら、パッケージ亡き後の突破口を必死に探してきたメジャー・レーベルは、『家族のために、死に物狂いで働いてみたが、妻にも子供にも逃げられてしまった中年男』と大して変わらない。カタログは資産として残るが、新たに契約をしたいと考えるアーティストがどれほどいるんだろうか?と不思議に思う。
※余談だが、『P2Pは、パッケージの販売促進に貢献する』なんて楽観論が一時期飛び交ったが、上のニュースのようにコンテンツの売価が0円になってしまったら、これも身も蓋もない話だ。
そして、レーベルを離れたアーティストたちは何処へ向かうか。彼/彼女がロング・テールの先端を走ってきたアーティストだとしたら、レディオヘッドのように『Up to you』といった所で、食うに困らぬほどの投げ銭は集まらないだろう。
〈レ
コード会社は完全にDRMを諦めて、広告モデルの無料ダウンロードを試行する気満々だ。このモデルから広告が消えて、レコード音楽がライブ公演など他の収
入源のためのマーケティング用のおまけだとレーベルが認識したときには、状況もよくなっているだろう。〉(techcrunchより)
こ
の流れでいくと、ノンライヴ・ミュージシャンというのは確実に淘汰される。ビートルズがライヴをやらないことを決めスタジオ作業に熱中して『サージャント
ペパーズ~』を作り、スティーリー・ダンが1年以上篭って『エイジャ』を作り、エイフェックス・ツインがベッドルームから実験的音響を送りつけた。20世
紀音楽史のそんな逸話が、いまとなってはセピア色に階調されてみえる。
〈DRMフリー×とり放題〉‥‥コンテンツの無料化が加速したときに、「時代は変わる」。具体的にいうと、レコーディング作品の売上は広告ビジネスに支えられるか、ライヴ公演のためのプロモーションキットに成り、作品自体でリスナーから対価が支払われるものではなくなる。
も ちろん、新しい時代に最適化したスターも誕生するだろう。しかし、『録音芸術としての音楽』を生業にしてきたオールドスクーラー達はどうするか?暖簾を畳 んで焼酎を舐めるか、その時代に乗る方法を模索する(例:ツアーバスに乗り込む、文化人やタレントとして露出する、スポンサーを探す、宗教団体にバック アップしてもらうetc‥)か。ベタだけれども、それこそ〈Up to You〉ってことなんだろう。
そんなガチな断層から生れる今の音楽が、退屈なハズがないんだけどさ。
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